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靖国神社で配布されていたもの。
英霊にこたえる会配布のビラ
表面
国のために命をささげた方々を
国家が手厚くおまつりするのは世界の常識です。
世界各国の戦没者慰霊施設
世界のどこの国にも、その国のために
尊い一命をなげうった戦没者(英霊)をおまつりする慰霊施設があります。
●アメリカのワシントンにある「アーリントン国立墓地」。
●イギリスのロンドンのホワイト・ホール通りにある「戦没者記念碑」。
●中華人民共和国の天安門広場にある「人民英雄記念碑」。
●フランス・パリの凱旋門下にある「無名戦士の墓」などは、
良く知られている戦没者の慰霊施設です。
そして、これらの慰霊施設の多くは、第1次世界大戦(1914年)以降あるいは、
アメリカにあっては、南北戦争(1861年)後の全戦没者を対象として国や公の機関が管理し、
「慰霊の日」を定めて、この日には元首をはじめ政府関係者などが参列して、
国の伝統文化にそったその国の最高の慰霊の方式で、
国家・国民がこぞって感謝の誠を捧げる儀式を行っております。
裏面
我が国の戦没者慰霊施設
靖国神社と千鳥ヶ淵墓苑
東京の九段にある「靖国神社」は、世界各国の戦没者慰霊施設に相当するわが国の慰霊施設です。靖国神社は明治2年(1869年)につくられ、明治維新以来日清・日露戦争から大東亜戦争(俗にいわれている太平洋戦争)までの250万にものぼる戦没者の御霊がまつられており、平成11年に創立130年を迎えました。ここに、おまつりされている方の中には、幕末の「安政の大獄」等で犠牲になった吉田松陰、坂本竜馬、高杉晋作。近くは大東亜戦争の末期の沖縄戦でなくなった「ひめゆり」、「白梅」n女子学生部隊、そして、対馬丸に乗船して九州に疎開(避難)の途中で撃沈され、1,400余の幼い命をうばわれた学童たちもまつられております。
また、靖国神社のほかに各県等には、「護国神社」があり、その県等出身である戦没者をそれぞれおまつりしています。
一方、靖国神社にほど近い千鳥ヶ淵には、「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」があります。大東亜戦争では、200万をこえる多くの方が戦没されました。その戦没者の多くは、ご遺体を収容することがかなわず敗戦をむかえました。そして戦後、これらのご遺骨を祖国日本にお迎えするために、昭和28年以来今日まで遺骨収集が行われています。
しかし、その多くの方々は氏名もわからず、たとえわかっていても引きとる遺族がすでになくなっており、それらの35万(平成10年末現在)のご遺骨を納めている慰霊施設が千鳥ヶ淵戦没者墓苑で、昭和34年にできたものです。
靖国神社は、明治維新以来の全戦没者・英霊のみたま(魂)をおまつりしている戦前、戦後を通じてのわが国の戦没者追悼の中心的施設であり、戦没者・英霊も「靖国神社で会おう」を合言葉に、散っていかれたのです。
千鳥ヶ淵墓苑は、さきの大戦で戦没され、戦後日本にお迎えすることのできたご遺骨の中で、遺族にお渡しできないご遺骨を奉安しているお墓で、この方々のみたまは、もちろん靖国神社におまつりされております。
英霊にこたえる会
〒102-0074東京都千代田区九段南1-6-5(九段会館気付)
TEL03-3261-5521(代)直通・FAX03-3261-7415
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