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▼tetoさん:
>>>日本代表がその力を誇示し、プロサッカーが国内で認知された90年代初頭から
>>>少なくともサッカー日本代表サポーターの間に日の丸と君が代に対する抵抗感はなくなりました。
>>そうした背景から『愛国心』が気軽に論じられるようになったと見ています。
>
>俺は日本が好きだ。
>で、いいんじゃないの?
>ワールドカップに熱狂し、五輪に熱狂する。
>そのベースは愛国心ですよ。
tetoさんは、どうも愛国心の高揚と軍隊の結びつきを理解できないようですね。
tetoさんも日本代表を応援することで愛国心に目覚めたのではないですか。
>>>アメリカから持ち込まれた概念というのは、非常に抵抗感のある説明です。
>>アメリカから持ち込まれた概念という私の説を切り崩すためには、『愛国心』の由来を『池田・ロバートソン会談』以前から見つけなくてはいけないと思います。
>
>これも前に書いたからスルー。
>君も持つ愛郷心が国に拡大したときに愛国心となる。
>それは人間が当たり前にもつ感情です。
tetoさんは、大分が田舎でダサいから花の都の東京に出たのではないですか。
そこに愛郷心はないですし、間違っても愛郷心から愛国心になったわけではないですよ。
ここに矛盾があります。
>
>>教育の中から教え込まれた概念であるとすれば、それを見つけるのは大変困難な作業だと思います。
>>つまり、文献の中で見つけようと思うのでしたら、戦前以前に教育された人によるものでなければその証明が困難だと思います。tetoさんも自分自身を疑ってみる必要があると思います。なぜなら、教育によって本質をすりかえられている可能性は否定できません。
>
>だからこんな風に難しく考える必要はない。
tetoさんは、合理的に物事を判断しようとするところがありますが、そこまでがあまりにも早いです。
>
>>歴史学は全く詳しくないですから、『愛国者』の由来が明治維新以降であるのか古代史に求めるのかはわかりませんが、明治憲法下での天皇制を観点に探ればtetoさんが以前述べていた古代史に起源があることになりますね。
>
>人間は自分のかかわりのあるものに愛着を感じるわけで
>愛国心は本能の一部でしょう。
>つまり国という概念にもよるけれども
>愛国心と同じベースの感情は人間が生まれたときから持っているはずです。
そんなはずはないですよ。
愛国心が本能でしたら、この国をダメダメ国家というはずがない。
teteoさんは、明治憲法下の体制を賛美しますが、tetoさんは、あくまで日本国憲法下の国民です。
ここにも矛盾があります。
本能でしたら、歴史を知るはずがない。
生まれながらというのも無理があります。
>
>>愛国心という観念がアメリカからものでしたら、歴史の浅い移民による国家でありしかも国の連立国家であることから、国民をまとめようという意思がかかる場合に『愛国心』というのは、とても便利な観念に思えます。
>
>便利だと思います。
実は、日本は利用されているのですよ。知っていますよね。
>
>>しかし、およそ単一民族によりなりしかも天皇制度の下長い歴史を有するこの国では、そうした『愛国心』という観念は育たないものだと私は思います。
>
>そんなことはない。
明治憲法下の歴史と言ってもそんなに長いわけではない。
その前までは、しょぼくれた封建社会だった。
そんな中で愛国心なんて生まれないです。
>
>>他国による侵略に対する防衛心というのは、あまり侵略戦争を経験したことのないこの国では発想できないものだと感じます。
>
>そんなこともない。
侵略されたのは、戦後初めてでした。
そんな中で、愛国心が生まれるはずがないです。
沖縄の方の方が愛国心が強いはずですが、そんなこともない。
それをどう説明しますか。
>
>>今の国民からみたら、間違いなく明治憲法化の臣民というのは理解しがたいものだと思います。
>>ですから、臣民の義務として国を守らなければならないというのと、おそらく祖国を愛して祖国を守りましょうねという『愛国心』とは、緊張感が違うものと思います。『愛国心』からくる国防意識というのは志願したい人はどうぞといったニュアンスに対して、明治憲法下である天皇の家来としての徴兵制が伴うことにも注目して欲しいです。
>
>臣民であろうとなかろうと、愛国心はあるでしょう。
>緊張感が違うというのはその通り。
>戦前は戦争が当たり前にあった国だったわけで
>おまけに徴兵制だったわけで。
だったらtetoさんが自衛隊に入隊すればいいわけです。
過酷な任務を他人任せにするのはよくないですよ。
ここにも矛盾があります。
愛国心を感じましたら、ぜひ入隊するべきですよ。
これが騙されているということです。
>
>>>最近の新しい愛国心観念とはなんでしょうか?
>>私は、『池田・ロバートソン会談』において確認された『愛国心』と最近気軽に論じられている『愛国心』を区別して考えてみたわけです。
>
>それがよくわからない。
>池田君とロバートソン君の会談で確認されたと君が主張する愛国心とは
>つまり戦争も視野に入れた愛国心ということなのかな?
時代を検証すればいいことですが、サ講和条約後に公平な立場で確認がされたわけじゃないでしょう。
おそらく命令されたと見るべきですね。
今と変わらないと思います。もっとダメダメぷりだったかも。
要旨は、米軍基地を守るための人員を出しなさいとアメリカに命令されたのでしょうね。
こうした傾向は、自衛隊の前身である警察予備隊の創設を見たらわかるでしょ。
そろそろ気づきなさい。
>
>それに対して今言われている愛国心はスポーツを通して作られたもので全然重みが違うと。
>
>別にぞっとするほどのことではないと思うけれど。
いい加減気づきなさい。
この国の主権は、戦後から未だ回復されていないのですよ。
一体誰のための愛国心か自問自答しなさい。
>
>愛国心というのは、自分の国を愛する気持ちで
>愛するものを壊されるとしたら、それに反発する気持ちがわいてくるのは必然。
戦後そんな危険は一度もなかった。
でも、そうした危険にいつも晒されていたわけです。
そうした場合tetoさんの住む場所は一瞬のうちに消えていますよ。
愛国心を発揮する場面なんて多分なかったのではないかな。
まさか、この資源も乏しい辺境の島国が植民地になるとでも思っていましたか。
ただ、アメリカにとって極東の軍事戦略上意味を持つ場所だったといいうことです。
>
>>確かに商法もですし民法も最近口語約された刑法もそうです。
>
>であるならば、明治憲法下での法律は今も生きているわけだよね。
>もちろんすべてが残っているわけじゃないけど
>時代に合わせてかわってきているわけだけど。
民事上のルールは、ローマ時代にすでに完成されていたと言われています。
この国は、その頃どうだったでしょうか。
これらも外来の法典と思いなさい。
>
>>親を殺害すると言うのは、道徳的に見てそりゃとんでもないわけですが、法の下では罪であれ平等であることが求められてようやく最近削除されたと記憶しています。
>
>平等の使い方が決定的にまちがっとる。
>バカタレ。
>親を大事にしなさい。
>まあ、大事にしてるのはしっとるが。
憲法理念が理解できないで、一体tetoさんは、いつの時代の人ですか。
>
>>道徳であればそれに従うことは各自の判断によるのですが、それが命令であったり法律であったり国によるものである場合はそれに従う義務が生じます。道徳と法律上の命令とはそうした意味で違うわけです。
>
>道徳教育は強制です。
>先生が「ごみはできれば捨てないでください」
>なんていって、クソガキどもが言うこと聞くか、たわけ。
tetoさんは、それで言うことが理解できなかったのですか。
そんなに時間は経っていないですよ。
冷静に。
>
>「こら、masato。どこにごみ捨ててるんだ、バカタレ」
>で初めて動物が人間としての常識を一つ身につけるわけです。
tetoさんは、そこまで言われないと常識を身に付けることができなかったのですか。
それならしかたがないですよね。
教育するには自分の経験が有用だと思います。
>
>人間は、人間として生まれてくるわけではないのだよ。
>教育によって人間になるんだよ。
法律上人は生まれながらにして人なのですよね。
それがわからないのでしたら仕方がないです。
>
>>ここで確認しなくてはならないのは、大学では先生は自分の研究した内容を自由に講義できるわけですが、高校生までの教育では検定に合格した教科書の中で先生は生徒を教育しなくてはならないのであって自分が研究した内容を教育できない、ということを知らなくてはいけません。ん?、矛盾がありませんか。
>
>高校までかけなければ基礎が教えられないからでしょ。
>基礎を知らずに応用させてだれが理解できるの?
>四則演算を知らないで、微分積分が解けますか?
世の中というのは、計算式で解けないのではないですか。
教育の中で人格形成に重きをおきましょうでいいとおもいます。
この国は、これから先進国になろうとしているわけではないですよね。
先進国なんですから、それに合わせた教育が必要だと思います。
だって、そういう計算式は、tetoさん、今使っていますか。
ここにも矛盾があります。
>
>こんなことごくごく簡単な事なんだけどなんで議論せにゃならんのだ?
tetoさんに物事を判断する基準が少ないからだと思います。
社会問題については、計算式のように与えられた公式で解くということではないですよ。
もっといろいろな側面から判断していく必要があるわけです。
それを知らなければ何が問題であるのかさえ理解できないと思います。
間違ったことを広報しないで下さいよ。
>
>>それなら先生方が『教育勅語』を研究して生徒に教えればいいのですが、それを国はだめだということで制限を加えているのに、さらに教育基本法を改正して『教育勅語』を取り込もうとしているわけです。
>>この国の教育行政は、前述のように国家統制化されてなおもこの国の憲法理念を捻じ曲げようとしているわけです。
>>これは、憲法23条の学問の自由と26条一項の教育を受ける権利の問題です。
>
>では聞くが、君の理想とする教育行政とは?
>そもそも行政が教育にかかわるべきではないと?
これから富国強兵に取り込みますというわけではなく、これから先進国の一つとしてどう人材をつくっていくかがテーマだと思います。
中央集権国家である必要性はこれからはないと思います。
>野放図な教育が理想なのでしょうか?
それをこれから創造していこうとしているのではないですか。
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